社長のつぶやき

「喜ばれると嬉しい」

2021.05.18

動物には「自己保存」と「種の保存」というふたつの本能があります。

自己保存は、食べ物がなくなると移動をして、体を維持する行動をとること。

種の保存は、相手を探して自分の子ども、子孫を残すこと。

しかし、本能はこのふたつだけではありません。

三つ目の本能を一度でも知ってしまうと、抵抗できません。

なぜならば、本能として組み込まれているからです。

人間だけ組み込まれている本能、それは「喜ばれると嬉しい」ということ。

なぜ人間は、この三つ目の本能をもらったのでしょうか。

神様は、ただ喜ばれると嬉しいという概念だけの存在で、種の保存にも、自己保存にもまったく興味を持っていません。

そのエネルギーを、人である生物にプラスして、「喜ばれると嬉しい」という概念を上乗せしました。

その上乗せされた存在を「人間」と呼びます。

動物と神とのあいだに存在するのが、私たち人間なのです。

人間にとっては、「自分の存在が喜ばれる」ことが、心から嬉しいと思えることです。

ただし、「これを人にやってあげたら、きっと嬉しいと思われるだろう」と考えているものは、空振りすることもあります。

人に喜ばれることを実践しても、その中で本当に喜ばれることは、50パーセントくらいです。

一年経ち、やっと70パーセントくらいになります。

では、間違いなく喜ばれるのはなんでしょう。

それは「頼まれごと」をすること。

喜ばれる存在とは、「いかに頼まれやすい人になるか」ということです。

基本的に、できない頼まれごとは来ません。

引き受けたからには「いい仕事をしよう」などと気負わずに、そのときの力で「良い加減」で、ニコニコとやっていけばいいのです。

頼まれたときに、自分ではできないんじゃないかと勝手に判断して断ることを「傲慢」といいます。

しかし、自分の中に「できないことでもなんでも引き受ける」という気持ちがあると、できないことまで持ち込み、行き詰るかもしれません。

引き受けることにより自己嫌悪が大きくなる場合や、物理的に不可能な場合は断ってもいい。

「頼まれごとのない人はどうするのですか」と聞く人がいます。

頼まれない人は、頼みにくい顔をしています。

眉間にしわを寄せ、口はへの字口になっている。

さらに、愚痴や文句ばかり言い、眉間にしわを寄せていると、誰も頼んではくれません。

口角が上がっていて、にこやかな顔・姿・形をして、嬉しい楽しいとにっこり笑っていると頼まれやすくなり、



「喜ばれる存在」として、ひとつ実践できたことになるのではないでしょうか。  小林正観