社長のつぶやき

元気伝染病

2021.04.11

ある年の四月、底抜けに明るい女子社員が入ってきた。

Kさん、二十歳。

総務課へ配属された。

お客様なら「いらっしゃいませ!」、他の課員なら「こんにちは!」と大声で挨拶する。

あまりの声の大きさに、一歩退いてしまうほど。

まるで、威勢のいい魚屋さんだ。

たぶん新人なので、人事課の新人研修をバカ正直に守っているのだろう、と思っていた。


その後も、その勢いは止まらなかった。

Kさんは、ビルの廊下やエレベーターの中で、すれ違う人すべてに、

「こんにちは!」

と連呼する。


正直、少し戸惑っていた。

同じ会社の中で、全く面識のない人にも「こんにちは」と言うことに、違和感を覚えていたのだ。

せいぜい一礼するくらいが、自然ではないかと。


ところが、夏を迎える頃、社内に異変が起きた。

他の課の女性も「こんにちは」と言うようになってきたのだ。

全く、名前も顔も知らない女性から挨拶されると、ドギマギしてしまう。


小さな声で、

「こんにちは」

と返事をする部課長の姿が、アチコチで見られるようになった。

それは、人から人へと伝染していった。

やがて、男性も女性も、平社員も管理職も「こんにちは」と挨拶するようになってしまった。

すると、あら不思議、いつの間にか私自身が抱いていた違和感もなくなったのだ。


腐ったみかんが一つでもあると、みかん箱の中は全部腐ってしまうという。

kさんの場合は、その逆だ。

たった一人の元気が、全員に伝染したのである。

それも、一年かかって。


ふと思った。

ひょっとして、たった一人の力でも、世の中は変えられるんじゃないかと。

言い訳していただけじゃないかと。

会社という組織の中に、長いこと居るせいで、心がくすんでいたのかもしれない。

翌年もまた、総務課に新人が配属された。

Kさんの隣に座って、「いらっしゃいませ!」「こんにちは!」と大声が響く。

パワーは二倍になった。