あるとき、何人かで人の生き方について話しているとき、すぐに涙ぐんでしまう女性がいました。
事情を聞くと、何年かつき合っていた男性と数日前に別れたと言うのです。
さらに事情を聞くと、その男性は何らかの後遺症があって、年を重ねるにしたがってその症状が重くなるのだそうです。
それがわかって結婚するかどうかを、彼女はずっと悩み考えてきました。
悩んだ末に、ついに数日前に別れたのです。
彼女は、自分がとても勝手な気がして自己嫌悪に陥り、心が晴れないと言うのでした。
「もう決めてしまったのですね」と私は聞きました。
「はい、決めたんです」
「戻りたいですか」
「いいえ、戻りたいわけではないんです。ただ、自分がとてもイヤな人間に思えて…」
「戻りたくて苦しんでいるのではなく、そういう判断をした自分に苦しんでいるということなんですね」
「はい、なんかすごく冷たかったんじゃないか、自分勝手だったんじゃないかって…」
「もう決めてしまったことで、あと戻りもできない。あと戻りもしたくない。そこを出発点に考えましょう。では、このように考えてみませんか。この先、あのとき彼と結婚していたほうがずっと楽だったと思えるような、大変な人生を選んでみるということです」
この提案は、彼女をずいぶん驚かせたようでした。
「もっと大変って…?」
「たとえば、これから勉強をし直して医者を目指す、看護師を目指す。大学に入り直して心理学を学び、カウンセラーやセラピストになり、悩み苦しんでいる人の心を救う。老人ホームや障害者、障害児などの福利施設の職員になり、できるかぎりのお世話をする。井戸の掘り方を勉強し、世界の砂漠地帯に出かけて命が続く限り井戸を掘る。音楽の勉強をして、その曲を聴いたら元気になり幸せになる、そういう曲を1000曲作る。心が安らぎ優しい気持ちになるような絵を1000枚描く…。まだ言いましょうか?」
彼女は明るさを取り戻し、笑いました。
「もういいです。よくわかりました。それにしてもよくそんなに次々と出てきますね」
「常日ごろ、私自身が大変だろうなと尊敬と敬意をもって見つめている仕事をあげただけです。そういう“大変なこと”を自らやっていったらどうでしょう。あの人と結婚していたほうがずっと楽だった、と思えるのではないですか」
彼女はその後、誰もが大変だと思う仕事を選び、誰もが驚くほどの忍耐力と精神力を発揮し活躍しています。
そして「肉体的には大変だけど、彼に対する後ろめたさや申し訳なさは消えました」と言っています。
自分のことが許せないという自己嫌悪の体験がなければ、彼女はこのような“大変な”仕事を通して、周りの人に喜ばれるプラスの投げかけをすることはなかったかもしれません。
でも、誰でも同じように、誰かを傷づけたと思い、自分の心が痛んでしょうがないというときがあります。
心が優しいために、痛むのは仕方ありませんが、それをいつまでも引きずるのはやめましょう。
自分を責める代わりに、今、この瞬間から積極的にプラスの投げかけを強化するという方法で、「人に喜ばれる存在」になることを実践していけばよいのではないでしょうか。
そいう解決法を、自分の中で見出せるようになると、結果としてプラスの投げかけができるようになります。
そのことを、神さまはきっと喜んでくださるでしょう。 【小林正観】