2021.02.26
《過(あやま)ちて改めざる、是(これ)を過ちと謂(い)う》(孔子)
入試を目前にした若者が座禅に来た。
帰るとき「先生、合格するように拝んで下さい」という。
私は言った。
「二、三回落ちたほうがいいよ。心身が柔軟なうちに上手に落ちる稽古(けいこ)をするんだね」と。
昔から「失敗が人間を駄目にするのではなく、失敗にこだわる心が人間を駄目にする」と言われてきた。
ストレートにエリートコースを走るばかりが能ではない。
そんな人生では、一つ間違ったら高慢な人間になりかねない。
また、失敗に弱い人間になる。
むしろ失敗したことを跳躍台として、ストレートにゆくよりもより高く、より強く立ち上がることができたら素晴らしい。
失敗したことを通して、失敗した人の悲しみのわかる人間になれたら、もっと素晴らしい。
成功しても驕(おご)らず、失敗しても落ち込まず、成功、失敗にガタガタしない人間になれれば更に素晴らしい。
入試という人生の一つの関門を、全人教育の場に生かさなくてはもったいない。 青山俊董氏より
《 過(あやま)ちて改めざる、是(これ)を過ちと謂(い)う》(論語)
過ちを犯しておきながら、それを改めずにそのままにしておくのが本当の過ちです。
人は誰しも過ちを犯す。
しかし、その過ちを認めず、言い訳をしたり、逆に居直ってしまったりするような人もいる。
それこそが、本当の過ちだと孔子は言ってます。