2021.01.06
我々はつい、自分の力で生きていると勘違いしてしまう。
しかし、心臓も、内臓の働きも、呼吸も、命に係わるような大事なことは、自分の意思とは関係なく勝手に行われる。
心臓は1日に10万回も拍動(動いている)という。
それは、寝ている間も休みなく行われる。
それは、自分が命じて動いているわけではない。
つまり我々は、「生かされている」ということ。
このことは、色々なことでも言える。
たとえば、経営にしても、経営者はとかく、自分が経営していると思いがちだ。
しかし、体の働きと同じで、「経営をさせていただいている」ということ。
映画や舞台でいうなら、たまたま、経営者というお役をいただき、それを一所懸命演じているだけ。
その経営者を、社員や、その家族、取引先、金融機関、友人、知人、地域社会、そしてお客様が支えてくれている。
これは、経営者でなくても同じだ。
技術者でも、営業マンでも、サービススタッフでも、あるいは家庭において、父親や母親、子供…。
今世のこの舞台で、我々はそれらのお役をいただき、まわりの人々がそれを支えている。
「生かされている」ということは、それは「有り難し」ということ。
「有り難し」とは、有ることが難しい、奇跡のようなこと。
我々が生かされているのは、実は、奇跡のようなことなのだ。
「あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日」(カシコギ)
我々は、等しく、誰もが「生かされている」…