一人前の寿司職人になるためには下積み修行を10年ほど経験する必要があるという話をよく耳にする。
起業家であるホリエモン(堀江貴文氏)は、このような「世間の常識」を批判する。
ホリエモンの主張によれば、センスと経営能力さえあれば1年もしないうちにプロの寿司職人を養成できるという。
経済学者からすると、ホリエモンの説に分があるように思えた。
フランスのパリで寿司職人をしている友人に、どちらが正しいと思うか質問をしてみた。
まずホリエモンの言い分に理解を示し、次のように回答した。
「確かに、条件さえそろえば、技術的には可能」
しかし、技術以外の2つの要素が重要だと言う。
第1に、うまい寿司を作るには良いネタを仕入れる必要がある。
ネタの良し悪しはネタが入ってくるまでわからない。
さらに、良いネタを見分け、なるべく安く仕入れることが必要だ。
経験がない人でも、センスが良い人は見分けることが可能かもしれない。
しかし業者は良いネタを隠し持っていて、昔からの取引がある名店にしか売らないそうだ。
要するに人間関係がモノを言うわけである。
第2に、寿司職人にはコミュニケーション能力や話芸が求められる。
とりわけ高級店に来てカウンターに座る客は、寿司を食すためだけに来ているわけではない。
社会的にも一定の地位につき、人生の荒波を泳いできた客が来店する状況を想像すると良い。
貫禄のある寿司好き紳士が、世間話や寿司のあれこれをネタにして話しかけてくるという。
客がどのような人物なのかを観察しつつ、相手を楽しませ愉快にさせる受けこたえをする。
なじみ客でも日によって機嫌の良し悪しがあるので、油断はならない。
一方で、神経を集中させながら寿司という名の芸術品を作るのである。
うまい寿司、そして愉快な会話も手品のように提供し、客を納得させる。
これらすべてを身につけているのが「一人前の寿司職人」なのだ。
寿司職人は寿司を作る芸術家であると同時に、経験に裏打ちされた「人情」のエキスパートなのだ。
もう一度考えてみよう、20歳台の若者が50歳を過ぎた食通紳士の相手ができるのか?
友人の結論は次の通りだ。
「センスが良くても、10年近くかかるだろう」
市場参加者が人間である以上、入門者向けの教科書には描かれない力学が働く。
「人情」を知らねば現実経済は見えてこない。
この要素を深く考えることができる者が「一人前の経済学者」である。