ここは2015年の6年1組の教室。
給食が終わって、子どもたちが「ごちそうさま」の挨拶をすると同時に、ボクがノートパソコンで、ももいろクローバーの「行くぜっ!怪盗少女」を流します。
教室に設置されたスピーカーから、ノリのいいリズムが響き渡ります。
子どもたち38人が一斉にいすを動かし、ほうきで床を掃き、ぞうきんがけをします。
最大の見せ場はサビの部分です。
《笑顔と歌声で 世界を照らし出せ~♪》
ここで全員、ほうきとぞうきんを床に置き、ももクロの振りそのままで激しくダンスします。
見事に揃ってキレもいい。
サビが終わると、スパッと掃除に戻ります。
これを繰り返しながら掃除を終えて、最後は全員の手拍子で締め。
これがその年の夏、全国的に有名になった6年1組名物「ダンシング掃除」です。
この模様はテレビ朝日系のバラエティ番組「ナニコレ珍百景」や、フジテレビ系の「みんなのニュース」で紹介されました。
テレビを見た方は「何て変なクラスだ」と思ったかもしれません。
しかし、子どもたちにとっては毎日やっている活動なので、特に変わったことをしているという意識はなかったんです。
意外かもしれませんが、音楽をかけると掃除が素早くなります。
「行くぜっ!怪盗少女」の後、「星のカービィスカイハイ」「ルパン三世」のダンスバージョンなどを流してトータル7分くらい。
ボクが指示するのは、「曲が終わるまでに掃除を終えてね」、それだけです。
すると子どもたちは勝手に工夫し始めます。
どうすれば効率的に掃除できるか、ムダな動きを省けるかを、徹底的に研究するんです。
小学生にとっては、活動しながら時計を見たりして時間を意識するのは難しい。
曲をかければ、耳で自然と「活動を終えるまであとどれくらいか」を知ることができます。
実は大人も同じなんですよ。
朝の情報番組がそうでしょう。
毎日同じ番組をやっているから、このコーナーが始まるころには家を出ないと、みたいな。
早く掃除を終えれば、それだけ休み時間が増えたり、次の活動を始められたりするので、子どもたちにとってもメリットがある。
実際、ダンシング掃除で掃除のスピードはどんどん上がっています。
また、ボクは小学生の時、勉強が嫌いでした。
先生の言う通りやっても、なかなか楽しいと感じることができなかった。
だから小学校先生になった今、「どうやったら子どもにとって勉強が楽しくなるのか」をいつも考えています。
そこでボクが編み出した作戦が「アナザーゴール」です。
遠い最終ゴールでなく、目の前に達成しやすい「もうひとつの小さなゴール」を出してあげる。
それがクリアされたら、少し先にまた別の小さなゴールを出す。
これを繰り返しているうちに、あら不思議、いつのまにか大きな最終ゴールにたどり着いているというわけです。
アナザーゴールの秘訣は、子どもに、本来の目的とは違うように見えても、まずは意欲的に取り組める課題を与えることです。
2014年度の5年1組の時、社会科の地理で「日本について学ぼう」という単元がありました。
自分の好きな都道府県について調べよう。
いろいろな観光地について発表しようというものです。
…うーん、このままでは子どもたちは食いつきそうにない。
反抗期の5年生ならなおさらです。
「調べたきゃ自分で調べれば?」とか言われてしまいそうです。
その時の5年1組の「特徴」はこうでした。
(1)面白いと思ったことはとことんやる
(2)コンピュータが好き
(3)変なことや新しいことが好き
(4)リアルな世界に触れるのが好き
教室の中だけで「よくできました」と褒められるより、学校の外に出て、大人に感心されるのが好き。
(5)ゲームが好き
やっぱり競争や勝負がなくっちゃ面白くない。じゃんけんだって、勝った時の報酬があるから燃えるんです。
以上のことは、ボクたちのクラスだけではなく、世の中の多くの小学生にも当てはまると思います。
そこでボクが子どもたちに提案したのが、「勝手に観光大使」というプロジェクトです。
子どもたちが「勝手に」各都道府県の観光大使に就任し、その良さを「勝手に」アピールする、というものです。
アナザーゴールその(1)は、「勝手に」という言葉の面白さです。
この機を逃さず、まずは子どもたちに好きな都道府県を選ばせました。
おじいちゃんがいるとか、よく旅行するとか、一度行ってみたいからとか、理由はそれぞれです。
都道府県のかぶりはOKとしました。
担当者のいない空白県も結構ありました。
それはそれでいい。
「おーし、今からコンピュタールームに行こう。パワポでプレゼン資料を作るぞ!」
コンピュタールームとは、パソコンが複数台使える教室です。
ここで子どもに深く考えるヒマを与えないのが大事。
アナザーゴールその(2)は、「〇〇を調べよう」ではなく「パワポでプレゼンしよう」というところです。
子どもたちはパソコンを使うのが大好きです。
しかも飲み込みが早い。
初めてのソフトでも、すべてのコマンド、あらゆるボタンをどんどん試していきます。
この辺りの好奇心の強さは大人の比ではありません。
その後、パワポに習熟する子が出てくると、子ども同士の学び合いも起こりました。
うまい子のプレゼンをプロジェクターで大写しにすると、「どうやって作ったの?」と、別の子どもたちがその子のところに聞きに行く。
「おー、そんなことできるの!」「そのアイデアいただき!」と、競争意識も働いて、子どもたちの間で「勝手に」工夫が始まっていったのです。
「勝手に観光大使」の成果発表の場は、来場する保護者に各県の観光大使がそれぞれプレゼンする。
そして、「どこに一番行きたくなったかコンテスト」をやろう!とボクは言いました。
アナザーゴールその(3)は、「社会のお勉強」ではなく、あくまで「プレゼン力コンテスト」にしてしまったことです。
本来の教科書的ゴールは、「日本を学ぼう(社会)」「表現力をつけよう(国語)」の二つです。
でもボクは、その最終ゴールを子どもたちに示しませんでした。
代わりに与えたのが、「勝手に観光大使になる」「ネットとパワポでプレゼン資料作り」「大人にプレゼンしてコンテスト」という別々のゴールだったのです。