日本には二百年以上続いている会社が三千社ある、という。
五百年以上続いてきた会社は百二十四社。
千年以上というのも十九社あるというから、日本の企業の長寿力は世界の中でも群を抜く。
五百年、千年続くとなると、常に未来をひらいていかなければ叶わない。
時代の激流に流されず、その時代その時代に深く根を張り未来をひらいてきた企業には、どういう特長があるのだろうか。
老舗を研究してきた田中真澄氏は、老舗に共通する精神を二つあげている。
一は「地味にコツコツ泥臭く」。
二は「おれがおれがの“が”をすてて、おかげおかげの“げ”で生きる」。
「ビジョナリー・カンパニー」の著者は、長年にわたり素晴らしい業績をあげてきた会社が衰退する理由の第一に「傲慢」をあげている。
自ら培(つちか)った成功譚(たん)にあぐらをかくときに企業は崩壊する、と言うのだ。
個人の運命も同様だ。
時代、国を超えて古の先哲が等しく説くのは、傲慢になった時、天はその人の足をすくう、ということである。
未来をひらくにはもう一つ、学ぶべき普遍の条件がある。
幾世紀にもわたってヨーロッパを制してきた大国ローマはなぜ衰退したのか。
紀元前一世紀、ローマの休日は百五十九日あった、という。
そのうち九十三日が無料の見せ物の開催日数だった。
それが紀元前四世紀になると休日は二百日になり、無料見せ物開催日数は百七十五日にふくらむ。
建国時の勤勉、質実の風はどこへやら、一年の半分を無料のパンとサーカスに明け暮れる遊民の国になった。
国民が働かなくなり、防衛は外国人傭兵に任せ、民風が堕落した。
この三つが悪循環によって、ローマは某亡国の道を辿った。
弘法大師空海の言葉がある。
「三綱弛(さんこうゆる)び紊(みだ)れて
五条廃(すた)れ絶(た)ゆるときは
則(すなわ)ち旱勞飢饉(かんろうききん)し、邦国荒涼(こうりょう)たり」
君臣、父子、夫婦の大事な道が弛み乱れ、人間として常に行うべき仁義礼智信の五つの道が廃(すた)れ絶えてしまう時は、日照りや長雨が起こり、飢饉(ききん)となり、国は荒廃する、ということである。
あらゆる荒廃は心の荒蕪(こうぶ)から起こる、と言ったのは二宮尊徳だが、その尊徳はこうも言う。
「夫我道(それわがみち)は、人々の荒蕪を開くを本意とす、心の荒蕪一人開くる時は、地の荒蕪は何万町あるも憂うるにたらざるが故なり」
自分が目指しているのは人々の心の荒蕪をひらくことだ。
一人の心の荒蕪がひらかれたら、何万町の荒れた地もすぐに豊かな地に変えることができるから憂えることはない、と言うのである。
一個人の心のありようがその人の運命の昇沈(しょうちん)を決め、一国の興廃を決める…私たちの未来をひらくエキスは、歴史に凝縮している。