「先生、ぼく、きょう生まれたんだよ」
2020.05.06
「先生、ぼく、きょう生まれたんだよ」
と、ミツオくんが、嬉しそうに話しかけてきました。
そこで、私が、「そう。ミツオくんも生まれたときは、ほんとうに小さかったんだろうな。それが、おとうさんやおかあさんのおかげで、こんなに大きくなったんだね。どれくらい重くなったのか、先生が、はかってあげよう」
と、言いながら、ミツオくんを抱きあげました。
ミツオくんは少しはずかしそうに笑っています。
それを見た子どもたちは、歓声をあげました。
そこで、私は、ミツオくんを抱きあげたまま、子どもたちに、
「これから、先生がミツオくんを抱いたままみんなの前を通るから、ひとりずつ、ミツオくんと握手して『おめでとう』を言って、お祝いしてあげようね」
と、話しますと、子どもたちは手をたたいて喜びます。
私は、ミツオくんを抱いて、みんなの前を通りました。
子どもたちは、ミツオくんと握手をして『おめでとう』と言いました。
そのたびに、ミツオくんは『ありがとう』とお礼をしていました。
みんな、ほんとうに嬉しそうでした。
私は全部の子どもの前を通ってから、ミツオくんを席まで、抱いていきました。
そして席におろして、私も握手をしながら「お誕生日おめでとう」と心から祝いました。
ミツオくんは顔をまっ赤にしていました。
そして、にこにこ笑っておりました。
そのあくる日、ミツオくんのおかあさんから、手紙をいただきました。
「ミツオは毎日学校から帰ってまいりますと、よほど疲れるのか、『ただいま』という声も聞こえないくらい小さい声です。
そして、座敷にあがってくるなりごろんと横になってしまいます。
ところが、きょうはずいぶんかわっていました。
『ただいま』という声も、びっくりするような大きな声です。
そしてハアハア肩で息をしながら、私のそばに走ってきて『おかあちゃん、ぼくね、先生に抱いてもろたよ』と申します。
そしてそのあと、座敷中をポンポンとびながら『先生に抱いてもろた、先生に抱いてもろた』と大はしゃぎです。
私まで嬉しくなってしまいました。
先生ありがとうございました」
この手紙をよんで、私自身驚きました。
何かなにげなく抱き上げたことが、ミツオくんにとっては、こんなにも嬉しいことであったとは思いもよらなかったのです。
私は手紙を何度もよみかえしながら、教室に行きました。
そして教室の中にはいりました。
すると、二三人の子どもが走ってくるなり、大きな声で、
「先生、ぼく、あさってやで。たのむよ。抱いてや」
「ぼくもやで」
と、言うのです。
誕生日の予告申し込みです。
その日から、私の学級では、その子どもの誕生日には、その子どもを抱きあげることになったのです。
『サスケと小さいサムライたち (1979年) (PHP books)』PHP

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