2020.04.10
『元外務大臣で戦犯になった広田弘毅(こうき)さんが、外務省の欧米局長のとき、後の首相、幣原(しではら)喜重郎に嫌われて人事異動でオランダ公使に飛ばされるんです。
当時はオランダと日本は通商がなかったので、この移動は左遷でした。
皆はこれを心配しましたが、当の本人は平気のへっちゃら。
そのときの心境を得意の狂句で吟(よ)んでいます。
「風車 風が吹くまで 昼寝かな」
風車はオランダのトレードマーク。
風車はエンジンを持たないから、いかに精巧であっても風が吹かなければ自分では回れないものでしょう。
彼はオランダへ飛ばされる、オランダは風車が有名、風車は風が吹かないとどうにも仕方がない、風が吹くまで昼寝かな、と詠んだわけですね。
彼はのほほんとしていたけれども本当に昼寝をしていたわけではもちろんありません。
その逆境時に、外交的ないろんな情報を集めて勉強するんです。
そして再び中央に戻ってソ連の大使になったときに、その成果を発揮して成功を収めたのです。』
(つまずくことが多い人ほど、大きなものを掴んで成功している。 日本人への遺言)より