2020.02.02
人生はかすかな一念の積み重ねによって決まる、という。
新潮社を創業した佐藤義亮(ぎりょう)氏に、浅草で商いを手広く営む知人がいました。
ある晩、その人の店が全焼した。
翌日、佐藤氏が見舞いに駆けつけると、なんと、知人は酒盛りをして騒いでいるではないか。
気が触れたか、とあきれる佐藤氏に、知人は朗(ほが)らかに言った。
「自棄(やけ)になってこんな真似をしているのではないから、心配しないでください。
私は毎日毎日の出来事はみな試験だ、天の試験だと覚悟しているので、何があっても不平不満は起こさないことに決めています。
今度はご覧のような丸焼けで、一つ間違えれば乞食(こじき)になるところです。
しかし、これが試験だと思うと、元気が体中から湧いてきます。
この大きな試験にパスする決心で前祝をやっているのです。
あなたもぜひ一緒に飲んでください」
その凄(すさ)まじい面貌(めんぼう)は男を惚(ほ)れさせずにはいない、と佐藤氏は言っている。
知人は間もなく、以前に勝る勢いで店を盛り返したという。