2022.04.13
昔、能登の国に治郎右衛門という、大きな農家を営む人がいた。
治郎右衛門は情け深い人で、雇い人たちに対しても常に労わりの気持ちを忘れなかった。
当時としては珍しい優しい人であり、 「お前たちが働いてくれるから、私たちが楽に暮らしていけるのだ」 といって、心から雇い人に感謝していた。
そして、ときどき他所の家から貰い物があると、まず第一に雇い人に分けてやった。
こういう人だから、雇い人たちも一生懸命に働いていた。
この治郎右衛門は真宗の信者であった。
近所の寺で説教があるときは、いつも雇い人たちに仕事を休ませて聞かせにやった。
「早く仕事を仕舞って、説教を聞きに行きなさい。よく話を聞いて、どういうことを聞かせてくださったのか、帰ってきたら私に聞かせてもらいたい」
そういって出してやった。
また、そのときには必ず、「賽銭にしなさい」といって小遣いを与えるのが常だった。
説教を聞きに行った雇い人たちは、帰ってから主人に説教の内容を話さなければならないから、うっかりしているわけにはいかない。
自然と気を入れて説教を聞く。
初めのうちは面白くないと思っていても、何度も聞くようになると、知らず知らず身についてくる。
こうして雇い人たちの精神教育もできて、中には立派な信者になる者もあった。
世間から相手にされないような不良でも、この治郎右衛門の家に奉公すると、いつの間にか真人間にされてしまうのであった。