社長のつぶやき

「謙虚さ」

2021.09.21

「謙虚さ」というものを、私はよく話題にします。

ひとつは、宇宙の流れや宇宙の意思に対して、自分の好き嫌いでものを選ばないこと。

ほとんど自我がないことが「謙虚さ」であると言い続けてきました。

宇宙から「こういうことをやりなさい」という提示があり、 そのような流れが始まった時、その流れに船を浮かべ、流れに抵抗せずに下って行くこと。

それこそが「謙虚さ」であるということです。

「謙虚さ」というものには、もうひとつの側面があります。

それは、自分が常に未熟であり、完成された者ではないこと、まだまだ向上する余地があると自覚することです。

そのように思っている結果として、勉強し続ける、たゆまざる努力を続けるという場合に、 これも「謙虚」であると言えます。

陥りがちなことなのですが、22歳で大学を卒業し就職すると、人間は確かにその仕事 のことについてはどんどん専門的になり、ベテランになっていきます。

しかし、それでは 仕事以外に(報酬をもらうこと以外に)自分自身を高める努力をどこかでしているでしょうか。

それが私の言う、二番目の「謙虚さ」の部分なのです。

知らないことが山ほどあります。

歴史のことも知らない、天文のことももう少し勉強したい、植物や動物の勉強もしたい...。

それらを勉強したところで、別に一銭にもなるわけではありません。

しかし、その人間の深さを深めることは間違いありません。

大学を卒業して給料がもらえるようになったからといって、他の勉強をやめていいということではありません。

専門分野のことしかほとんど知らないで、他の勉強をしていないという人が少なくないように 思います。

「謙虚さ」とは「学び続けること」です。

例えば、哲学もそのひとつでしょう。

給料がもらえて生活ができればいいのではありません。

人間は何のために生きるのか、生命や肉体は何のためにあるのか、宇宙の構造はどうなっているのか...。

そのようなことについて 自分はまだまだ勉強不足で、未熟であると思い、勉強をし続けていくこと。

それが、私の言う二番目の「謙虚さ」なのです。

基本的に「謙虚な人」というのは、大変奥が深く魅力的な人格を形成していくものです。

ですから、ぜひ「これでいい」というところに止まらず、常に「何かを学ぼう」という姿勢で生きて行ってほしいと思います。  小林正観