社長のつぶやき

「幸」も「不幸」もない

2021.08.14

『「幸」も「不幸」もない、あるのはそれを感じる自分がいるだけ」だと言う。

「(車をぶつけてしまった)ツイてない、むかつく、最悪だ、不幸だ」と思う人もいれば、

「(車をぶつけてしまった)この程度で済んでよかった(人身じゃなくて)、ラッキー、ツイてる、幸せだ」という人もいる。

この世には、「幸」も「不幸」もなく、そう思う自分がいるだけ。

何かを見て(出会って)、《「楽しい」、「うれしい」、「ツイてる」、「ありがたい」、「幸せ」》と思うのか、逆に、《「悲しい」、「つまらない」、「ツイてない」、「最悪」、「不幸」》と思うのか。

すべては、自分のモノの見方や考え方次第。

そしてそれは、「自分の中にある元々あった思いが出てくるだけ」という言葉と同じ。

たとえば、

アイツの言い方が悪い、だから「カチンときたという人」がいるが、同じ言い方をされても「カチンとこない人」もいる。

ということは、そいういう言い方をされると、カチンとくる自分がいる、ということ。

つまり、「幸」も「不幸」もない、ということ。    小林正観

「幸」も「不幸」も自分が決めている。