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社長のつぶやき

ゆっくり急げ

2021.02.03

ゆっくり、いそげ。

ラテン語で、「festina lente(フェスティナ・レンテ)」。

朝起きて、寝坊に気付く。

あ、予定に間に合わない。

あわてて準備して飛び出すが、駅前までの道すがら打ち合わせに必須の資料を忘れたことに気付き、泣く泣く来た道を戻る…。

…フェスティナ・レンテ。

「急がばまわれ」と言ってもいい。

目的地への到達を急ぐのであればあるほど、むしろ目の前のこと、足元のことを一つ一つ丁寧に進めた方がいい。

もしくは一つ一つ丁寧に進めていけば、存外早く目的地に到達できるものだ。

そういう経験則を語った、昔からのことわざ。

実は、ぼくが経営する東京都西国分寺のカフェ「クルミドコーヒー」の運営会社の名前でもある。

『結論はまた来週』という、ノンフィクションライター高橋秀美さんの書くコラムを読んだときのことだ。

そのなかに「勇気を持って、ゆっくり行こう」という見出しのものがあった。

2008年の北京オリンピック、競泳100メートル平泳ぎで金メダルを獲得した北島康介選手にまつわる話だ。

“私は平井伯昌(のりまさ)コーチの言葉に胸を打たれたのである。

彼は決勝直前に北島に対してこうアドバイスしたという。

「勇気を持って、ゆっくり行け」

スピードを競うレースにもかかわらず、彼は「ゆっくり行け」と指示した。

テレビ朝日によると、北島は100mの準決勝で前半50mを19ストローク(かき)で泳いでいたらしい。

しかしこれだと後半に手足がバテて失速する。

そこで平井コーチは200mを泳ぐ時のようにストローク数を減らして「全身を使ってゆっくり泳ぐ」戦略を立てて決勝に臨んだ。

そして実際にゆっくり行ったら世界一速く着いたということなのである。”

こういうことはしばしば起こる。

例えば、お店の評判や認知度を上げたいと思うとき。

一つの方法は広告宣伝費を大量に使うことだが実はそれよりも、お店を訪ねてくださるお一人お一人に丁寧に向き合うことを積み重ねていった方が、長い目で見たら近道ということは大いにある。

かと言って、のんびりやっていればいいということでもない。

一つ一つ、一かき一かきには全力を尽くす。

自分はこの「ゆっくり、いそげ(フェスティナ・レンテ)こそ、これからの経済や社会を考えるときの基本指針になるのではないかと思っている。

経済とは元々、中国の古典に登場する言葉で「経世済民(=世をおさめ、民をすくう)」の意であるとされる。

国内でも江戸時代には使われていたようだ。

言葉としては、政治や生活も含めて「社会をつくる」というニュアンスすらそこには感じられる。

それがいつからか「ビジネス」という言葉に置き換えられていった。

ビジネスの由来は、bisig+ness。

bisigは古い英語で、ここから派生した形容詞系がbusyだから、「忙しさ」をその語源に持つことになる。

時間をかけず、労力をかけず、コストをかけず、できるだけ効率よく商品・サービスを生産し、お金を稼ぐ。

「経済」は、「ビジネス」という語を経由して、気が付けば「お金儲け」の意で使われるようにさえなってきた。

対極には、「スロー」を旗印としたムーブメントもある。

「ファーストフード」に対する形での「スローフード」が火付け役となり、スローライフ、スローシティ等…。

ベースとしては、進展するグローバル資本主義へのアンチテーゼがあると言っていいだろう。

また、少しトーンは違うものの、近年では「降りていく生き方」「減速生活者(ダウンシフターズ)」といった言葉まで登場し、競争社会から離れ、少ない消費で、少ない収入でも等身大の充足感を実現する暮し方の提唱も起こっている。

ぼくは常々、この中間がいいなと思ってきた。

お金がすべてという発想に与(くみ)するものではまったくないが、一方で便利さも求めたいし、贅沢だってしたいこともある。

売上や利益は、自分の仕事に対する社会からの評価だ。

新しい技術やアイデアで世の中が劇的に変化していく様子にワクワクするし、競争は自分を高める貴重な機会とも考える。

ただ一方で、ビジネスが売上・利益の成長を唯一の目的としてしまいがちで、人や人間関係がその手段と化してしまうこと、人を利用価値でしか判断しなくなってしまうこと、さらにはお金が唯一の価値であるかのように経済・社会がまわることで、ときに景観が壊され、コミュニティは衰退し、文化は消費される対象となるなど、金銭換算しにくい価値が世の中から失われていく状況にも忸怩(じくじ)たる思いを抱いてきた。

こうした感覚は自分の職業経験からくる部分もあるのだろう。

ぼくは大学卒業後、外資系コンサルティング会社に就職し、その後、先輩に引っ張られる形で独立し、ベンチャーキャピタルという職種に就いた。

一方、2008年には自分の生まれ育った西国分寺でクルミドコーヒーというカフェを開業した。

そこで、日々ぼくらは何を大事にするのかを自問自答しながら、一人一人のお客さんと向き合い、関係を育て、丁寧な毎日を送る充実感を得てもきた。

ビジネスとスローの間をいくもの。

「ゆっくり、いそげ」

AかBか、ではなく、どっちも。    クルミドコーヒー店主、影山知明(ともあき)氏の言葉より…

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