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社長のつぶやき

『夢を力に』、本田宗一郎著

2018.05.13

約27年前に死去した本田宗一郎(1906-1991)

今日でも本田技研工業株式会社を一代で築いた『伝説のビジネス・パーソン』として、至るところで存在感を発揮しています。

夢を追いかけ実現し続けた彼は、技術者としてのイメージが先行しがちですが、

社のモットーとした「3つの喜び:作って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」など、独自の思想を持つ経営者でもありました。
自分と同じなら二人は必要ない
私は東海精機時代(編集者注:本田宗一郎が28歳のときに創業した工場)はもちろん、

それ以前から自分と同じ性格の人間とは組まないという信念を持っていた。

自分と同じなら二人は必要ない。自分一人でじゅうぶんだ。

目的は一つでも、そこへたどりつく方法としては人それぞれの個性、異なった持ち味をいかしていくのがいい、

だから自分と同じ性格の者とでなくいろいろな性格、

能力の人といっしょにやっていきたいという考えを一貫して持っている。

つねづね私の感じていることは、

性格の違った人とお付き合いできないようでは

社会人として値打ちが少ない人間ではないかということである。
本田技研の次期社長は、

この会社をりっぱに維持、発展させうる能力のある者なら、

あえて日本人に限らず外人でもかまわないとさえ思っている。

惚れて通えば千里も一里
藍綬褒章の授賞式後、高輪の光輪閣で高松宮が晩さん会を開いてくれた。

参加した受賞者は老人ばかり、四十六歳の私が最年少者だった。

そのとき高松宮は私に向かって、

「本田、発明・くふうというのはずいぶん骨のおれることだろうな」とねぎらわれた。

だが私はこうお答えした。

「殿下はそうお思いでしょうが、私にとっては好きでやっているのですから全部苦労とは思いません。

世に言う『惚れて通えば千里も一里』というやつで

人さまが見れば苦しいようでも本人は楽しんでいるのですから、

表彰されようとは夢にも思っていませんでした」
(参考:『夢を力に』、本田宗一郎著、日経ビジネス文庫) 

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